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aoisora

雨続きのバンクーバーから。

生きていることと、ただ生きていることは違う?

 

頭の中を視覚化する手段としての文字であり文章であるけれど、歌のように同じ言葉でも使う人によって意味や感じ方が変わってくるのかな。

 

何のためにカナダ来て何のために週六日働いているのか、来年何のために100万円を持って日本に帰るのか、よくわからないや。だけど、どういうわけかやっぱりお金は大事だなというふうに感じてきちゃった。それはどういうわけかというと、結局、人と生きていかないといけないんだなって思うし、なぜだか人と生きるためにはさ、お金がいるんだよね。あんまり個人的にはさ、特別、人が好きだったりしないと思っていたのだけど、どうやらね、誰かと生きていきたいなあとか感じたりさ、するとさ、ああ、稼がないとなって思うわけさ。でも、そこにももちろん葛藤はあるわけで、なんで人と生きたいな、好きな人とさ、いっしょに美味しいものさ、本当においしいもの食べたりさ、いろんなとこ行ったり、内見とか行って同居なんかしちゃってさ、しまいには結婚なんてことになったり想像して、「いいんじゃん?やってみたくない?」とか思ったりしてさ、そのあとに出てくる発想が「金稼がないとなあ」なんだろうって。寂しいよなあ。

 

こっちで仲良くしてる人とある小説の話をして、その小説は「こうあるべきだ」に対して、みんなもっと優しくなろうよ、いろんな生き方肯定していこうよ、っていうようなさ、ざっくり言えば、そういうふうなのでさ、でもその人は、色んな生き方している人がいたとしても、その人が生きている世界には、その人を利用している人がいて、そのシステムや体制を破壊するようなのが、読みたいなあって言った。たしかになって思った。好きな人と子どもと住んでるのに会えないとか何なんだろう。どんな強大なものでもそういうものが転移した何か、自分の手の届く狭い世界のそういうものをぶっ壊すような生き方したいや。

 

そういうものが書きたいし、そういう生き方したい。ただ、こっちに来て慣れてきて土地に縛られない生き方は最高だと思った。いつでも帰れるからそう思うのかもしれないけど、誰だって、きっと、どこにだって行けるんじゃないかな?